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zoom RSS 映画 『炎のランナー』 1924年のパリ五輪に出場した2人の陸上選手の実話を映画化

<<   作成日時 : 2018/06/06 09:54   >>

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公開   1981年

配給   イギリス
  
監督   ヒュー・ハドソン

アカデミー賞 作品賞、衣装デザイン賞、脚本賞、作曲賞受賞


1978年 ロンドン

ロンドンの荘厳な教会でハロルド・エイブラハムズ追悼の礼拝が始まり、

アンドリュー・リンゼイ卿がスピーチを行っていた。

皆でたたえよう

我らを培った先人を

彼らはそれぞれの時代を生き

栄光を勝ちえた人たちだ

今日ここに集まったのは

ハロルド・エイブラハムズに感謝をささげ

そして たたえるためです

健在なのは

モンタギュー氏と私の2人だけ

目を閉じるとあのころの友の姿が浮かんでくる

胸には希望がー

かかとには翼があった


物語は、彼と仲間たちの、走ることに情熱を傾けた青春時代へと

さかのぼる。


1919年 ケンブリッジ大学 キーズ・カレッジ

  
10月10日 

希望を胸にケンブリッジ大学に入学したハロルド(ベン・クロス)。

大学での第1日目は新入生晩餐会だった

裕福で才能に恵まれた彼は、ユダヤの血をひいているため、

潜在的な差別と偏見を受けているが、

溢れる若さと持ち前の負けん気で周囲を魅了していく。

ひたすら陸上競技にのめり込み、才能を開花させていく。

障害物のアンドリュー(ナイジェル・ヘイヴァース)、

中距離のオーブリー(ニック・ファレル)とヘンリー(ダニエル・ジェロル)

とともに「ケンブリッジ大学4人組」として華々しい活躍をしていた。


1920年 スコットランド

時を同じくしてスコットランドにも、陸上競技に魅せられた青年がいた。

宣教師の家に生まれたエリック・リデル(イアン・チャールソン)。

彼にとって、走る才能は神から与えられた恩恵で、

勝つことは厚い信仰心のあらわれでもあった。

妹のジェニー(シェリル・キャンベル)は彼が陸上に熱中することを

好ましく思っていない。

一日も早く宣教師の仕事を始めることを望んでいた。

しかし、父や兄は彼が競技を続けることを奨励した。

スコットランド代表として大会出場する際には

彼の伝道スピーチが併せて行われ、多くの人々が聞き入った。


ハロルドはスコットランドまで行き、リデルが走るのを見学。

そしてある夜、オペラ見物に出かけたハロルドは、

歌手のシビル(アリス・クリーグ)に一目惚れし、

早速デートに誘い出す。


1923年 ロンドン

国内の大会で、初めてハロルドとリデルは対決する。

自信を持って臨んだハロルドだったが、

決して美しいとはいえないフォームで走るリデルに敗北する。

激しいショックを受けたハロルドは、

サム・ムサビーニ(イアン・ホルム)という

プロのコーチを雇うことを決意する。

ハロルドの行動に、

ケンブリッジ大学のトリニティ(ジヨン・ギールグッド)と

キース(リンゼイ・アンダーソン)双方の学寮長から呼び出され、

非英国系かつプロコーチのサムを雇っていることは

アマチュアリズムに反し、

大学にもふさわしくないと批判を受けるが、

二人に反論して退出したハロルドは、

友人たちから、100mと200mのパリ五輪代表に選出されたこと、

リデルも出ることを告げられる。


一方、リデルはジェニーに、中国へ布教に赴く決意と、

その前にオリンピックに出場するという決意を伝えた。


ドーヴァーからパリへの出航の日、

リデルは、記者から予選の日が日曜日(=安息日)であることについて

質問を受け、初めてその事態について知る。

敬虔なキリスト教徒である彼は、

選手団長のバーケンヘッド卿(ナイジェル・ダヴェンポート)に相談し、

日程変更を掛け合ってもらうことになった。

しかし、事態は好転しないまま、パリへ到着する。


英国チーム最大のライバルは、

近代的なトレーニングを積み、士気も高い米国チームであり、

C・パドック(デニス・クリストファー)、

ショルツ(ブラッド・デイビス)といった強豪選手が名を連ねていた。


5月4日 第8回パリオリンピック大会が開会した。

期間中に開かれた英国主催の親善パーティの席上、

リデルはデイヴィッド皇太子(デイビッド・イェランド)、

サザーランド公(ピーター・イーガン)、

カドガン卿(パトリック・マギー)ら、

英国オリンピック委員会の要人に引き合わされる。

結局、対仏交渉は不調に終わっており、

リデルは祖国と国王への忠誠のため出場するよう説得されるが、

神への信仰はそれに勝るとして出場を固辞する。

そこへ貴族であるアンドリューが入室し、

アンドリューが安息日にかからない出場種目400mの代表枠を譲るので、

リデルに出場種目を変更してはどうかと提案する。

全員が賛成し、リデルは100mを棄権した。


200mに出場したハロルドは、パドックに敗北する。

落ち込むハロルドをサムは手紙で叱咤激励する。

100m出場を目前に、ハロルドは不安な心情をオーブリーに吐露する。

上層部の嫌がらせにより、

サムは競技場にすら足を踏み入れることができなかったのだった。

そのためハロルドへの手紙にお守りを同封した。

皇太子の激励、アメリカの応援団、レースへの緊張が高まっていく。

ハロルドは米国のパドック、ショルツを抑えて100mで優勝した。


サムも、英国国歌吹奏とともに

最も高い所に掲げられたユニオンジャックを競技場近くのホテルから見、

ハロルドの優勝を知り感涙にむせぶ。

英国本国の人々も、彼の優勝を知り喜ぶが、

ハロルドは今までの不当な扱いを思い、心から喜べなかった。

サムはそんなハロルドに深夜まで付き合って慰労するとともに、

恋人と新生活へ歩むよう勧めた。


400mに出場するリデルを、アメリカ選手は警戒する。

ショルツは旧約聖書の一節を記したメモをリデルに渡した。

リデルはそれを握りしめてレースに臨む。

要人や英国チームの選手達、そして妹のジェニーが見守る中、

彼は優勝した。


英国へ戻った彼らは、大歓声で迎えられるヒーローだった。

リデルやアンドリューが迎えられ、

静けさの戻った駅に、一人降り立ったハロルドは、

愛するシビルと再会し、二人で肩を寄せあい歩み始めるのだった。


その後、パリオリンピックにおける、彼らの苦悩と喜びに満ちた栄光は、

永く国民の間で語り継がれるのでした。


再び1978年

『エルサレム』の合唱で、追悼礼拝は終わり、

アンドリューとオーブリーは「ハロルドはやった」

「大したやつだ」と、ハロルドを思い出すのだった。


ハロルド・エイブラハムズは

シビルと結婚

イギリス陸上界の重鎮となり

1978年に死去


エリック・リデルは宣教師として

第2次大戦末期に中国で没した

スコットランド中が彼の死を悼んだ・・・・・


ヴァンゲリスが作曲したサウンドトラックの中の『タイトルズ』は、

トップシーン及びラストシーンで、

若者たちが集団で浜辺を走っているシーンで流れるが、

実にいい曲です。







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