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zoom RSS 映画 『十三人の刺客』 モノクロ映像による集団抗争時代劇

  作成日時 : 2017/11/24 10:21   >>

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制作年  1963年(昭和38年)

配給   東映
   
監督   工藤栄一        

出演者  片岡千恵蔵、里見浩太朗、嵐寛寿郎、内田良平


弘化元年(1844年)9月―

明石藩江戸家老の間宮図書(高松錦之助)が、

筆頭老中・土井大炊守(丹波哲郎)の邸の門前で自決した。

藩主・松平斉韶(なりつぐ)(菅貫太郎)の異常残忍で好色な性格と

暴虐ぶりを訴えた訴状が残されていた。



藩主・松平斉韶)の異常残忍で好色な性格と暴虐ぶりのため

参勤交代の行列も東海道を通れず、中仙道を利用せざるを得なかった。


昨年、尾張領木曽上松陣屋において、陣屋詰の牧野靭負(月形龍之介)の

子息の牧野妥女(河原崎長一郎)の妻・千世(三島ゆり子)が斉韶に犯され、

駆け付けた采女は惨殺され、千世はその夜、自害した事件が起きていた。

明石藩からは、そのまま何の挨拶もなく陣屋を出立し、

事件後、尾張藩から再三掛け合いに及んだが何の沙汰もなかった。 


この松平斉韶は12代将軍・徳川家慶の異母弟で、明石55万石の藩主である。

家慶は次の年に老中に抜擢する意向を示していた。


江戸家老の自決事件は、斉韶の愚行を時の幕閣が知るところとなり、

事態を憂慮した老中・土井大炊守は幕府としての処罰ができないことから、

暴君・斉韶を密かに排除することを決意する。

そのため非常手段として最も信頼のおける直参旗本で

御目付役・島田新左衛門(片岡千恵蔵)を呼んで牧野靭負と会わせると

「老中の自分には出来なくとも、新左個人にはできる事があるはず」と

謎をかけた。


新左衛門は生きて還ることなくこれが最後のご奉公と心に期し、

大事を控え相当の武者を集めて藩主暗殺の計画を練る。

その顔ぶれは新左衛門の甥・島田新六郎(里見浩太朗)、

新左衛門の知友で御徒目付組頭・倉永左平太(嵐寛寿郎)とその配下3名、

小人目付組頭・三橋軍次郎(阿部九洲男)とその配下2名、

島田家食客・平山九十郎(西村晃)、浪人・佐原平蔵(水島道太郎)、

九十郎の配下・小倉庄次郎(沢村精四郎)、

襲撃場所とした木曽落合宿の郷士・木賀小弥太(山城新伍)の

12名が参加した。


暗殺計画は極秘裡に進められ、参勤交代により帰国途上の斉韶一行を

中仙道落合宿で待ち構えることとしたが、

明石藩の軍師・鬼頭半兵衛(内田良平)は藩主暗殺の陰謀があることを

事前に察知して知略を労す。

この半兵衛は、明石藩側用人千石の身分を自分で掴んだ傑物である。


不詳事発生以来一ヵ月余、明石藩が突如参勤交代の途についた。

行列を追う刺客団は、中仙道で奇襲作戦を練ったが、

半兵衛の奇計にあい失敗に終った。


新左衛門の計略は、斉韶が尾張を通る時、その尾張藩の通行を阻止すれば、

勢力を削られた行列は新左衛門が襲撃の場所に選んだ落合宿に出る。

落合宿は襲撃には絶好の要地だ。


尾張藩通行を阻止する方法は、

尾張藩木曽上松陣屋に先年深い恨みを抱く尾張藩家老・牧野靭負がいる。

倉永が早速上松陣屋に飛び、他の刺客は落合宿へ急行した。


郷士の倅・木賀小弥太(山城新伍)がこの計画に加わり、

今は唯、時を待つだけだった。


斉韶一行を尾張藩内を通せずとして牧野靭負は一行の通過を拒否した。

彼は島田新左衛門に協力して一行の行程を

木曾落合宿に向かわせたのである。

その直後牧野靭負は切腹した。


新左衛門は一行の道中で策を講じ、

この宿場に向かうしかないように仕向けていた。


その間に十三人の刺客は落合宿を要塞化して、

自分達の集団の数倍の人数になる斉韶一行を迎え撃つ計画であった。

そのため多勢に無勢の不利をカバーするために、

宿のあらゆる所にさまざまな仕掛けを設けた。


そして一行の動きがしばらく分からず焦燥感に苛まれたが、

ついに運命の朝、朝靄をついて一団の馬蹄の音で一行が

宿に近づいて来たことを察知した。


ここから明石藩主一行と十三人の刺客との壮絶な死闘が始まった。

深いもやの中を落合宿に乗り込んだ斉韶公以下五十三騎は、

先ず真新しい高塀にさえぎられた。

混乱の中、退路の橋が大音響と共にくずれ落ちた。

五十三騎は、半兵衛の意志とは逆に障害物にはばまれて、

刺客の誘導に乗っていった。

十三人と五十三騎の死闘は続いた。

虚しい死体の群の中に新左衛門、半兵衛の死体もあった。

弘化元年斉韶参勤交代の途中発病、帰城と同時に死去と届けられた・・・・・ 



徳川12代将軍の時代だけに「戦が無くなった時代の侍」で

「真剣で戦ったことのある武士はいない。どんな戦いになるかわからない」

という前半のセリフがあって、後半の落合宿の大乱闘が展開される。

宿場全体を罠として待つ仕掛けはすごいものでした。

数で負ける敵を襲うには有効な作戦でしょう〜


この作品はモノクロ映像だったのでリアルさがよく出ていたように思います。

13人の刺客と53騎の戦いー

映像では新左衛門は最後に斉韶を仕留めただけで、

実際は12人と52人の死闘と言っていい。

刺客は1人当たり4.5人を殺せば成功する計算だが、

闘い早々、櫓の上から槍で突いたり、丸太を落としたり、弓矢を射ったりして

相当数倒しているのに、地上の乱戦では明石藩は相当数の人数が

残っているのはどうも〜釈然としなかった。


藩主・松平斉韶は史実の明石藩主(1816年〜1840年)で

1868年に病没しているそうです。

この作品で扱っている松平斉韶(なりつぐ)は、史実上の本人ではなく、

次の藩主・松平斉宣(1840年〜1844年)では?


片岡千恵蔵の重きを置いた演技、

その補佐役として「鞍馬天狗」の嵐寛寿郎や「水戸黄門」の月形龍之介など

時代劇を支えてきた骨太の名優たちは、どっしりとした重厚さがありました。



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